自分の少年時代は、RCに命をかけてたってお話の続き。
Vol1はこちら
タミヤのF1はシンプルな作りの車体だったので本当に早かった。
モーターもチューニングモーターを入れたサンダーショットより、ノーマルのモーターのままのF1の方が早かった。
もちろんオフロードには向いていないけど、すでにほとんどどこもアスファルト化している日本ではむしろ砂地のコースを作るほうが難しいくらい。
実際自分たちもRCを練習するのに行ってたのはその昔たくさん石油のタンクが並んでたタンク跡なんて言ってた港近くの空き地。
石油貯蔵タンクは撤去されていたけど、地面はコンクリートが残ったまま。
みんなそれぞれRCを持ち寄ってコーナーリングの練習やミニレースを開いていろいろやったな。
そうすると見えてくるのが、路面とタイヤの相性的なものや、ウィングの立て寝かせによるアンダー・オーバーステアとか。
トーイン・トーアウトによる操作性とかほんといろんなことをここで学んだ気がする。
正式な用語なんてわかんないけど、【走らせてこんな感じだったらこう調整すると操作しやすい】みたいな。
それこそ、今のF1だって、フリー走行で実際にドライバーが走らせて感触で調整しているんじゃないかな。
RCのF1は、それこそ早い。
早いけど早いからつまらない。
みんながF1なら、同じ車体の中でどうチューニングしてどういうテクニックで勝つのかという追及になるけど、オンロードマシンのやつやオフロードマシンをオンロード化したやつ等、様々なんで、どうやっても圧倒的にはやいF1は反則技みたいなもんで。
なんで、何かもう1台欲しいなと思って。
サンダーショットは入門機で非常に良いマシンだったけど、やっぱり4WDっていうのがね。。。
どうしても、モーターなんかにお金をかけてバケモノ化しないと早くなれなかったので。
そこで手に入れたのは、グラスホッパー2。
当時、なんかの記念で限定販売されていたチューンドキットみたいなのがあって。
前輪のサスペンションはただのバネなんだけど、チューンドキットではオイルダンパーがに変更されていたり。
このグラスホッパーって、タミヤで一番お安いキットだった。
ホーネットの下位モデルみたいな扱いで、モーターも1/10主流の540ではなく270っていう1周り小さいモータがついてて。
でも、モーターマウント用のビス穴は実は540用の穴も開いてて、改造すればどれだけでもマンモスマシンになるような作りになってる。
そもそも、このころにはRCは買っても標準のまま使うなんてことはすでになくて、タイヤ、サスペンション、モーター、動力制御系ははっきり言ってついてなくてもいいくらい。
シャシーとギアがあれば後はどうせ交換するみたいな。
なんで、グラスホッパーのその限定モデルは大変魅力的でした。
そんなグラスホッパー。ボディーマウント用のステーの位置が、ホーネットやサンダーショットと同じ。
ってことは、特に改造しなくても、ボディについてはサンダードラゴンやファイヤードラゴン、ホーネットなんかのボディを付けることができる。
グラスホッパーは安ものモデルなので、ボディもプラスチックで重いw
当時少年たちで流行していたドラゴン系のボディが装着できるってだけで全然話が違うわけ。
また、ちょうどその時ラジコンボーイで、RCを持ってきていない時にバトルに挑まれて、連れ合いがたまたま持ってた改造済みのグラスホッパーで戦いに挑むみたいなシーンがあって。
グラスホッパーいいなーみたいなw
そんなグラスほぱーにスーパードラゴンのボディを付け、4輪独立アルミ毛刷りだしサスペンションに、タミヤのゴールドモーターを搭載し、BEC内蔵型アンプを入れてかなりチューンしたグラスホッパーで金持ち友人が金にモノを言わせて買ったアスチュートに挑むみたいなw
アスチュートはそれでも高いだけのことはあって、早かったなぁ。
僕はどうやっても手が出なくって、廉価版あつかいだったマッドキャップを買った。
早いは早いんだけど、優等生すぎてちょっと面白くなかったな。
結局F1に戻ってきた私。
周りの友人たちも徐々にF1を買い始めてF1マシンでレースができるくらいに。
そうなってくるとボディペイントが重要に。
ちょうどそのころ、タミヤの新作F1RCで、ティレルモデルが登場。
F1で、初めてガルウィングが登場したあのティレルです。
ジャン・アレジが力のないティレルでセナと優勝争いしたあのマシンです。
中島悟が乗っていたあのティレルです。
友人がいち早く購入してしまい、先に取られてしまったw
そうなると、自分はマクラーレンの、バットマンディフューザーを再現して…
とか考えたりしたけど、プラ版をそんなうまく使えるほど器用でもなくw
てことで、確か翌年からさっそくガルウィングを採用してたベネトンとしてペイントを再現したんじゃなかったかな。
あと、真っ黒だったのでやりやすかったジョーダンを作ったのも覚えてるな、7UPのロゴを再現するのが大変だったなw
フェラーリは当時F109だったかのボディが発売されてた。
当時のRCF1のボディなんて、ペイント次第でどうにでも見えるような単純な作りのものが多かったから、色を分けることでそう見えるみたいにして楽しんでたな。
そんな中で友人はタミヤ純正ではないんだけど、ボディワークを再現したっていうレイトンハウスのボディを高い値段だったのを買ってきてレイトンブルーの色を探しに東京まで行ってたな。
RCで、当時のF1を再現して楽しんでた。これが一番楽しかったかもしれない。
上の写真を見てもらったらわかると思うけど、車体は本当に構造がシンプルで、モーターにギア1個。サスで路面の凹凸を吸収するだけの単純構造で、シャシーもカーボンの板1枚。
改造の余地なんてほとんどなかったな。
だから凄い大人の人たちはどんどん改造の方向性がおかしくなっていってw
あるとき、試合会場で見たF1マシンは圧巻だった。
ウィリアムズのボディなんだけど、当時のウィリアムズは上部が独特の形状してて、
これはマネできないよなーなんて思ってみてた。
これをプラ版とパテで作ってきた大人がいるわけさw
オマケに当時はたぶんパトレーゼの方がやや人気があったと思うけど、ヘルメットはブーツェンだし。
そして、何よりすごかったのが、ハンドルを切ると、ブーツェンのヘルメットがその方向に向くのよ。
俺らはせいぜいヘルメット部分のフィギュアを斜めに取り付けて、当時のF1ドライバーがコーナーを曲がるときに首を曲げている感じを出すので精いっぱいだった。
サーボからの動力を連動させてヘルメットにまわしてたんだろうね。
そんなRC。毎週日曜日に、河川敷で地元のRCショップがレース大会を開催してくれてた。
参加は自由。RC持ってこれば飛び込みで参加できるの。
当時中1か中2くらいだったと思うけど、毎週言ってた。自転車で。7㎞。
30分か1時間くらいかけて自転車に自動車のバッテリー積んでいってた。
なにせ、たまに耐久レースやるとかっていうので、車のバッテリーで充電する急速充電器がないとレースに参加できないもんで、まだ中学生の僕は親父にもらったカーバッテリーを自転車のかごに積んで持って行ってた。
しかし、当時はまだまだ財力も無い中学生なので、勝てるわけがない。
でもどうしても勝ちたい。。。
当時大人の人たちはヨコモとかのルマンタイプのオンロードマシンでした。
こんなイメージですw
当時僕は【ぺったぺたのマシン】なんて言ってましたが、本気のRCにタミヤの小学生向けのRCが勝てるわけがないんですけどもw
どうしても勝ちたいといっつも思ってました。
そんな僕が日の目を見ることになったのが2回ありました。
まず1回目。
いつも通り日曜日はレースだ!
と思っていましたが、あまり一緒にRCをやってない友人から【明日レース行くの?俺も一緒に行きたいな】と。
よーし。それなら一緒に行こうぜと。
友人は、京商のオンロードマシン。僕はタミヤのF1でしたが、当時F1はやっぱり早いのでF1マシンはレースに出れないということと、たまにF1ワンメイクレースを開催してくれていて、たぶんその週末はF1ワンメイクのはずだと思っていて、F1をもっていくことにしました。
なにせ、自転車で行きますので、あのマシンもこのマシンも持っていけないのですw
いざ会場に行くと、その日は珍しく、参加者0人。
僕と友人と、主催者のRCショップの店員さん。あともう2人ほどいたかな。
仕方ないから4台と、RCショップのデモカーの5台でレースやるかって話になって。
F1だけど、ま~仕方ないよ。参加OKで。
ってことになりました。
私と友人は中学生ですがそれでも残りの3人は大人で、ヨコモとかのペタペタオンロードです。
F1マシンは唯一もしかしたら対抗できるかも?
みたいな。
今回は5人の参加ということで、当時のF1の予選のように、タイムアタックして、隊列を決めてスタートラインに立ってスタートみたいな方式でやろうということに。
ここで生まれて初めて、まじめにタイムアタックしてポールポジションを取りました。
2番手は私の友人。たぶん大人たちは手を抜いてくれたのかな。
そして、レース。
スタートと同時に大人は3台でクラッシュ。リタイヤw
今になって思えばこれも、手を抜いてくれたのかもしれない。
私と友人のデットヒート。
F1は、確かに早いけど、やっぱりパワーオーバーな面もあって、コーナーで詰められる。
抜きつ抜かれつの攻防。僕達中学生2人は本当に厚くなってたな。
残り3周で、友人がミス。
コースをかたどってる木枠に激突。
RCカーなんて、10秒遅れたらもう周回遅れみたいな。
僕、優勝。
初めての優勝。
この前のペレスみたいな。ガスリーみたいな。
この草レース。RCショップが主催してくれているので、こんな草レースでも賞品が出るんですよ。
ノンブランドのウォークマンだったな。
賞品が何かより、何より優勝できたのがうれしくてうれしくて。
人数も少なかったし、たぶん大人の人たちは手を抜いてくれたと思うけど。それでもうれしかった。
そして2回目
ディフェンディングチャンピオンとして翌週のレースに参戦。
RC屋さんのおにーさんも上手なんですよ。
おっ先週のチャンピオンが来たぞっ!
とかっておだてるのw
気持ちよーくなっていきますわなまたw
その週末は、うちの両親と当時まだ小1くらいの弟がお昼くらいから車で応援に来るって。
僕は友人と2人で朝から自転車こいていきました。
先週の優勝者がいると、優勝者に今週のレース体系を聞く習わしがあってw
始めて僕が指定したレースができるわけです。
なんで、そんなこと言ったのか自分でもわかんないんだけど、【今日は耐久レースでしょう。】と言ってしまったw
僕達ガキに一番不利なレースなんですよw
ガキだから特例でF1での参戦が認められて、F1で耐久レースに挑む。
何やかやでF1が最速のRCなので勝機は確かにある。けど、耐久レースはバッテリーが何本も必要。
大体10本程度。
5本くらいしか持ってないので、急速充電しながら使いまわすしかないんだけどもw
レーススタート。
ヨコモのペタペタマシンのベテランの大人が上位5位までを独占。
ガキの僕はどん尻。
耐久レースはドライバーも交代してもいいルールでやってたので、バッテリー交換のタイミングで友人と交代ってルールでやってた。
たしか、耐久レースは2時間耐久化なんかで走破周回数で勝負みたいな。
とはいえ、現状のトラックポジションで最前列が一番周回数が多いのは当然のことなのでフィールドで抜けるかどうかが勝負どころ。
1時間経過したくらいから徐々に疲れが出てくる。
多分当時、友人とタッグで参戦すれば勝てるくらいの想いでやってたんだと思う。
徐々に、若さに勝るガキ軍団が徐々に追いついてくる。もともと早いF1。速さを抑えて実はノーマルモーターで参戦。バッテリーの持ちが良いから。
結構クレバーw
しかし、1時間30分経過したところで、バッテリーの充電が追いつかなくなって終戦。
あと30分走ることができたらたぶんぶっちぎりで優勝できてたと思うw
もう何十年も前のことだけど、昨日のことのように思い出す。
帰りは友人は本物のウォークマン、僕は先週貰った優勝賞品の偽もののウォークマンでT-SQUAREを聞きながら家路につきました。
完全に男の世界。ホビーの世界ですわねw
けど、男にはこういう世界が必要なんです。
息子よ。ベイブレードの何やらキット、買いなさい。
今の君には絶対必要なはずだぞ。